Log(きょうごく)

きょうごくのLog

都内在住の大学生の日記です。

もう留年したい

 最近、いっそもう留年したいとよく思う。

 留年してまで真剣に取り組みたい何かがあるというわけではない。ただ、夢も志の1つすら持ち合わせていない自分と先の見えない漠然とした不安から1年ぐらい自由になって、気ままに怠惰に過ごすことができたら楽なのになあと思うのだ。時間さえあればやりたいことはたくさんあって、本当は上手に時間を作ればできるはずだけど慢性的にのしかかる不安が邪魔をする。無意味な時間ばかり積みあがる。それならいっそ、と。

 世界一周をするとか、専門分野を学ぶためにインターンやバイトに取り組むとか、そんな立派で高尚な理由のひとつでも掲げれば世間や両親は許してくれるだろうか。くだらないやりたいことのいくつかじゃ理由にならないだろうか。それともどこかの病院からうつ病の診断書でもどうにか書いてもらえばいいだろうか。1年や2年の浪人や留年もしくはひきこもりとか、人生立ち止まったことのある人など珍しくもないし事実自分の周りを眺めまわしてみればたくさん見つかる。別に僕もちょっとぐらい立ち止まってみてもいいじゃない。そうでしょう?

 1か月後には大学院試験がある。今さらだが、今になってこそ思う。僕は大学院に進学しなくても良かった。僕が大学院に進学する理由は、就職(活動)が面倒だったからだ。周りをみれば進学する方が多数派だから流されただけだ。それで大いに結構だとは思っている。理系は特に修士卒という学歴だけで価値があるというのもあるけれど、人生上手に流されるだけでも大変だ。流れに逆らって自分の力で泳げる魚もいれば、自力で泳ぐことも流れに身を任せることすらもままならない魚もいる。流れのない場所は意外と心地よかったりもする。僕は流れにうまく乗れない魚な気がする。大学院生をやっていくには僕は今まであまりにも勉強をしてこなかった。ついでに専門分野に全く興味が沸かない。教授はもちろん研究室の先輩やその他の同期とも温度差を感じることが多い。場違いだ。

 自分語りは痛いと思うのだけど。中学生のとき、僅か学年50人程度の田舎の学校では一番勉強ができるほうだった。高校に進学すると、所謂「自称進学校」の地元の公立高校ですら自分より勉強ができるやつなんていくらでもいた。井の中の蛙は大海どころかそこらへんのため池ですら大きくて渡りきれないと思った。それでも小さなプライドだけは手の中から零れ落ちないように、そんなものですら傷つかないように、身を捧げるような努力などできず適当な大学に進学した。単位さえ取れればあとはどうでもいいってかんじの典型的な大学生となり、それでも留年という脱落者のレッテルに怯え、留年の危機をかいくぐって4年生まで来た。単位はたくさん残っている。

 人生で1番つらかったことは中学生の夏休みの駅伝の練習だと思う。毎朝鬼のように走らされた。地獄だった。毎朝自ら地獄に赴くのは憂鬱で仕方がなかったのだけど、そんな僕に対して父は、「今頑張れば後の人生多少つらいことがあっても潰れないようになる」と語った。ただ当時の僕はサボる勇気すらなかっただけだったのだけど、今でもこの言葉を覚えているくらいだからやはりモチベーションになっていたのかもしれない。

 試験勉強は未だほとんどしていない。もうどうにでもなれと自暴自棄になりつつある。だけど、試験を受けるのなどこれで人生で最後になるかもしれない。なにかに真剣に取り組める機会はこれで最後かもしれない。ぶっちゃけ院試など適当に受けても合格しそうな気もするけど、僕は潰れなかったと後になって振り返ることができたならばちっぽけなプライドはもうぶん投げられるだろう。公式の発表がある前に教授が試験結果をこっそり教えてくれるのが例年のしきたりとなっているらしいが、その時に「けっこういい点取れてたぞ」と言ってもらえれば、それでいい。もうそしたら胸を張って留年していいと思える。だから、今だけめっちゃ勉強してみようと思う。