Log(きょうごく)

きょうごくのLog

都内在住の大学生の日記です。

「センセー、そんなに出されてもやんないって、あ」

 宿題を少しでも減らそうと訴えていた中学生の生徒が、すりガラスの窓の方に目をやって言った。

「もしかして雨降ってる?」

 たしかに窓の外側には水がつたっているようで、耳を澄ますとサーっと音が流れていた。「うわ、サイアク。自転車で帰んなきゃいけないのに」とか言っている彼を半分羨ましく思った。

 

 授業が終わったとき、おそらく新人であろう女の子が授業のことで僕に質問してきた。自分より後輩がもう何人もいるはずだけど未だ新人塾講師の気分の僕は、珍しく質問されたものだから少し戸惑った。

 たまたま答えられることだったから良かったけど、長く働いている人に聞いたほうが無難なのに。いや、新人の子からしたら誰が長く働いているか見分けがつかないか。僕だって未だに名前を覚えていない人がたくさんいるし。そうだな、髪色が明るい人はなぜだか長く働いているような気がするなあ。

 そう気付いて、僕も少し昔の明るい髪色のままのほうがあるいは良かったのかもしれないとふと思った。

 

 外に出ると、雨は大粒になっていて容赦なく降りつけていた。うるさいくらいだった。傘は持ってきていなかった。

 そのうち誰か同僚も出てくるだろう。ぐだぐだしていないでさっさと帰ろうとして、いやまてよ、むしろこれはチャンスなのかもしれないと思い直した。あてのない期待に、数分屋根の下にいた。数分経って、一度教室に戻ってみようかな、とこれまたあてもないのに考えた。カウンターや裏のブースでおしゃべりをしているであろう同僚たちを思い浮かべて、やっぱり無理だなとまたまた思い直した。

 近くのコンビニまでは500mぐらいある。それならもう家まで帰っても大して変わらないか。

 覚悟を決めて雨の中うつむき加減で速足で歩き出した。傘もささず雨の中を歩くと変に目立ちそうなのが嫌だったけど、家までの距離を走りきれる体力はない。

 1つの傘を仲良くシェアしている男女とすれ違った。男性のほうの肩がびちょびちょで、全身びちょびちょの自分が惨めに感じた。やっぱり全力で家まで走ろうか。でも、そうしてしまうと僕の体の表面をうすく覆っている何かが破れてしまいそうな気がして、代わりに胸を張って歩いてごまかした。ますます雨が服にしみ込んで重たくなった。

 今はとにかく誰にも会いたくない。一刻も早く家に帰ってシャワーを浴びたい。もしも誰か僕の友達の1人が僕を見かけたとしても、気づいていないふりをしてほしい。さもなくばその場で自分の持っている傘を投げ捨てて一緒に走ってほしい。

 誰かバイトの同僚に、途中まででも傘に入れてもらえば良かったのに。でも教室からの帰りしなに一緒のエレベータに乗るのすら息がつまりそうだから避けているのに? 自分から頼む勇気がないから、誰か優しい同僚が「傘、入ります?」なんて声をかけてくれないかと待つことしかできない。ろくに話したこともない人にそんなこと言えるかっこいい人いるかな? やっぱり、さっさと雨の中に飛び出していくべきだった。もしぐだぐだしている間に誰かが出てきたら、屋根の下途方にくれている僕を横目に無言で傘をさしていくだろう。そんなのお互い気まずいだけだ。でも、雨は冷たいし。