Log(きょうごく)

きょうごくのLog

都内在住の大学生の日記風ブログです。いや日記です。

共通の友人が少ない友人

 友達と2人でご飯を食べに行きました。大戸屋に。大戸屋って学生からするとお値段高めですけど、健康的な和食が食べられていいですよね。たまに行く大戸屋が好きです。

 ご飯を一緒に食べた友達は、僕がこのブログをやっていることを知る数少ない友達です。仲の良い友達のごく一握りはブログの存在を知っているのですが、定期的にブログを見ているのは彼だけなのです。つまり、彼は僕の表も裏も知る数少ない人の内の1人です。その彼がこの記事を見るであろうことを前提に書きますが、彼はひねくれものです。僕も自分のことをひねくれていると思わなくもないですが、彼のほうがふんだんにひねくれています。ポジティブに表現すると実に人間らしいとも言えます。

 彼は人の不幸を肴においしくお酒が飲めます。誰かが留年したと聞けば誰であっても手を叩いて喜びます。

 彼はステイタスや人間性などで人間を文節し、多きは見下します。好き嫌いを(特に嫌いのほうを)をはっきりと物申し、容赦なくぶったぎります。しかし、本人の前では体よくふるまいます。

 彼は天邪鬼でもあります。ああしろと言えばこうして、こうしろと言えばああします。かと思ったら何もしなかったりします。彼の辞書には「素直」の文字はないでしょう。

 まだまだ彼については語り足りないですが、これぐらいにしておかないと怒られそうですね。

 お互いが割とぶっちゃけた会話をでき、僕が彼にこのブログを見せられるのはお互いが信頼しているからです。なんて言うと彼はドン引きするでしょうね。お互いにそういう性格ですから。真剣に客観的にその理由を考えるならば、単純に顔を合わせる頻度が今まで機会的に多かったこと、あとは共通の友人が少ないことですね。

 共通の友人を持たないということは、一側面的にはメリットだと僕は思うんです。自分の属するあらゆるコミュニティに共通する友人を持たぬが良し、という考えが僕にはあります。何が言いたいか分かりづらいですね。つまり、地元の友達は地元の友達、サークルの友達はサークルの友達、バイトの友達はバイトの友達、となるべく分けたほうが塩梅良くない?ということです。小学校から中学高校大学と同じ学校に通い部活も一緒でサークルまで一緒なんてやつがいたら息苦しくてしかたないよって感じ。例えるならば高校デビューをするのに同中のやつは邪魔だ、という理論とおおむね似ています。コミュニティ毎にキャラを変えている訳ではないんです。確かに立場が違えば態度が変わりますが、基本的には一緒です。

 例えば、同じ部活の友達から別の部員の悪口を聞くのは気分が悪いですが、そいつから自分はつゆ知らずのバイト先の愚痴を聞くのは楽しいものです。立場が逆でも同じことで、それは愚痴だけじゃなくてあらゆるふるまいが鎖に縛られないように感じます。

 この考え方はだいたい納得されません。生きづらそうと言われるかも知れません。それこそなんでも一緒の友達がいてそれで楽しくやっている人がいることは事実ですし、僕の考え方のほうがマイノリティだと思います。ですが、この考えを全否定はせず、その考えにおける恩恵を楽しめるのが僕とそのひねくれものの彼だと思うんです。だから、彼にはこのブログを安心して見せられるのかもしれません。