Log(きょうごく)

きょうごくのLog

都内在住の大学生の日記です。

「日記」『無料愚痴聞き』を路上でやっている人がいたから愚痴を聞いてもらった

 いつもの居酒屋のバイトの帰り道,帰ったらすぐ布団に入ろうなどと考えながらぼんやりと背中を丸めて家路を歩いていた。ふと顔を上げると,人通りの多い駅前の広場に「愚痴聞き 無料」と書かれた看板を置いて路上に座っている人がいた。その人と目があった,気がした。ふらっと近づいてこんばんはと声をかけた。

 「無料愚痴聞き」なるものをやっている人は20後半ぐらいの見た目をした普通の男性だった。全体的な印象も個々の顔のパーツもありふれている感じのする人だ。「愚痴聞き 無料」の代わりに「似顔絵書いてみませんか 無料」と看板に書けば,彼の前にはつかみどころのない同じような顔をした男の絵が積み上げられるだろう。

 どのようなことをやっているのか尋ねると「ケイチョウ」をやっているのだと彼は答えた。「ケイチョウ」とはなんだと聞き返すと,漢字で「傾聴」と書くのだと教えられた。彼はアドバイスは一切しないから愚痴を喋ってくれればいいのだと言った。僕は愚痴など特にないと言った。実際,いつもなら腹の底から浮かび上がる罵詈雑言を飲み込んで黙々とこなすバイトも,その日はリラックスした精神状態で勤めあげていたので愚痴を吐く気分でもなかった。しかし不思議なもので,雑談をしているうちにいつのまにか自分の人付き合いの下手さや要領の悪さについて愚痴を言っていた。ああ,今喋っているこれは愚痴ですねと苦笑した。

 愚痴を言うのをやめて,過去にはどんなことを喋っていた人がいたのか話してもらった。今日僕が来る前にやってきた高校生は恋愛について話していったそうだ。恋愛関連で言えば,好きな人に告白をしたいという人の練習に付き合ったこともあるらしい。道端に怪しげな看板を出して座っている初対面の男に告白の練習に突き合わせる勇気があるなら十分だろうと思った。意外にも多いトピックは不倫だそうだ。それはさぞかし愚痴の方も調子よく口から飛び出てくるだろう。

 ふと気づくと,路上に座りこんで怪しげな会話をする僕達に動物園の賢いチンパンジーを見るような目を2人の女性が向けていた。それに気づいた傾聴男が,会話に混ざりませんかと僕達の座っていたうんこ座りの手助けしかできないような小ささの椅子を勧めた。僕たちは地べたで大丈夫なのでなどと傾聴男が言う。それは一応客である僕の言うセリフなような気がしたが悪い気もしなかった。

 2人の女性はプロフィール欄に生息地という項目があれば24時間営業の居酒屋と書いてあるだろうなと思わせるような見た目をしていた。彼女たちは結婚をしたいが良い人が見つからないし焦っていると言った。年齢は23らしい。僕の2つか3つ上だ。僕も良い人が見つからなくてと困ってるんですよととぼけて見せると年齢を聞かれた。20才だと答えると,めっちゃ年下じゃんと笑われた。僕の方は3つ違いは頭から飛びつけば軽く届く打球程度には守備範囲内だがなと心の中で反論した。

 女性達はきっと結婚と結婚をしたいのだろうなと話を聞いているうちに思った。もちろん口に出しはしない。婚期を逃すまいと捕まえた男は亭主関白DV旦那になりましたというストーリーが見えた。まだ23歳なのだから結婚に焦らなくてもいいのではないかと僭越ながら述べさせて頂くと,若いから分からないんだよと言われた。確かに23歳の女性の気持ちは分からないがノリは女子大生みたいな人達だけどなと思った。そんな彼女達に傾聴男は何事も楽しむことが大事だとか色んなコミュニティに所属してみると良いだとか言っていた。嫌味を言いたいわけではないが,傾聴男もアドバイスをせずに会話をするのは難しいのだろうなと思った。

 彼女達はしばらく30分ほど話していった後,夜の街に消えていった。いや,恐らく普通に帰路についただろう。僕もそろそろ帰りますと立ち上がった。最後に普段看板を出している日を聞いて,また暇があればと小さく手を上げた。