Log(きょうごく)

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都内在住の大学生の日記風ブログです。いや日記です。月・水・土曜日に更新しています。

【雑記】この支配から卒業したかった

今週のお題「卒業」

 書くネタに困ったので今週のお題で書いてみようと思う。

 「卒業」といえば尾崎豊。この支配からの卒業。

 もちろん自分は尾崎豊が生きた時代を知らない。自分の両親は既にアラカンと言われる年齢だが、おそらくそれぐらいの人達が世代ではないだろうか。

 自分が尾崎豊を知ったのは、小学生の高学年か中学1年生ぐらいだったか、「聖お兄さん」という漫画を読んだときだと思う。長期休暇をとったブッダとイエスが天界から下界に降りて立川のアパートを借りてバカンスを過ごす、という設定の日常コメディ。今思えば、当時の年齢で読むには難しい漫画だ。

 その漫画のなかで、悪ぶってみたブッダとイエス尾崎豊の「15の夜」をアレンジした替え歌を歌っているシーンがある(「卒業」も少し入っている)。ブッダの出家のエピソードと「15の夜」の歌詞を結び付けたネタだった。さっきも言った通り、12才程度の少年は尾崎豊など知らないし、仏教の祖のエピソードなども知る由もない。意味が分からないと言う自分に、その漫画を読んだ母は、「そのうち面白いと思えるようになるよ」と言った。背伸びをしたかったお年頃の少年の自分は、漫画で得た知識をあたかも最初から知っていたかのように振る舞い、「面白いよ」と言って友達にその宗教ネタ漫画を進めていた気がする。

 それから、「聖おにいさん」の新刊が発売されるとすぐに買って読んで育った高校3年生のとき。あのネタの、「15の夜」はどんな歌なのかふと聞いてみた。別に当時の自分は行く先も分からぬまま盗んだバイクを走らせたり、夜の校舎の窓ガラスを壊して回ったりするようなヤンチャな少年ではなかったが、なぜかハマった。竹原ピストルも好きだが、そういう男らしさみたいなものに惹かれる性だったのかもしれない。

 「15の夜」以外の歌も聞きまくった。そのときにマイブームになったのが「卒業」だ。当時の自分はシステム英単語をポケットに入れて持ち歩かんばかりのバリバリの受験生だった。学校に行って授業を受けて、授業が終わると補講という名の受験生専用の延長戦をこなし、夜の8時や9時まで学校に残って半ば強制じみた自主学習をするという生活。キャンパスライフに憧れてはいたが、先生や親の進める大学に納得できず、勉強こそが正義だと言わんばかりの空気に辟易していた。単に歌が気に入っただけでなく、受験という支配から早く解放されて自由になりたかった自分に「卒業」はぴったりだったのかもしれない。

【日記】寿町ドヤ街(後半)

 まだ、前半の記事を読んでいない人はぜひそちらから読んでほしい。

 

kyogoku.hatenablog.com

 11時頃からはデイケアサービスに参加した。参加していた寿町の人は15人程。何かしら苦労や問題を抱えているのだろうと思わせられなくもなかったが、一見普通そうな人が多かった。デイケアサービスに参加している全ての人が生活保護を受けているのかは知らないが、こういった人が生活保護を受けていることをネガティブに疑問に思う人も多いだろうと思った。自分も分からなかったが、何かしら理由はあるのだろう。興味はでたが、詮索などはできやしない。

 デイケアサービスの内容は、ラジオ体操、スーパーへ買い物、中華丼づくり、散歩、写真展の訪問だった。ちなみに、ドヤにはキッチンはないので、料理をする機会は普段ないらしい。「やることもないし、3畳の部屋でテレビ見てごろごろするよりの外に出てきて人と喋った方がいいかなと思って」と、参加していた人のひとりが言っていた。働くこともできず、満足にお金ももっていない。ただ毎日3畳の部屋で過ごしていれば、時間の概念すらできないのではないのかと心配になるが、そのためのサービスなのだろう。

 参加してみた感想としては、正直に言えば、地元の祖母が入っている老人ホームにいるのとあまり気分的には差はなかった。高齢者が多いとはいえ、老人ホームよりかはかなり平均年齢は低いだろうが、受け取った感覚としては同じようなものだった。孤独を抱え、身体的ないしは精神的に生活に助けが必要な人たちが集まって交流をする。

 ドヤ街にいる人たちにはこのようなサービスを利用していない人も多くいるだろう。理解を深めるためには、実際にドヤ街に数泊してみて、スナックにでも行って軽くお酒を飲みながら、そこらへんのおじさんたちの人生について語ってもらうのが一番じゃないかと思った。もちろんそんな行動力や勇気はないが。どうせならもっとリアルな寿町の姿が見たいと思った。

 

 寿町訪問の後、南アジア出身の彼女と赤レンガ倉庫に行った。歩いて20分と少しで行ける距離だった。赤レンガ倉庫を二人でぶらぶら、雑貨や服を見たり、お土産を選んだりした。ふと、肩を並べておしゃべりをしながらショッピングをする自分たちに気付いて、これはただのデートだなと思った。しかし、不思議とそうした雰囲気は二人とも感じていなかったと思うし、そう思っても変に緊張することもなく、ただ楽しかった。今日の朝初めて会って、一緒にドヤ街を訪問した南アジア出身の女の子は、「仲の良い女友達」になれそうだなと感じた。 

 赤レンガ倉庫でのショッピングの後(彼女は何も買ってないが)、中華街へ向かった。彼女は以前に何度か寿町に訪れたことがあり、中華街も来たことがあった。彼女のおすすめの餃子の食べられるお店でご飯を食べることにしたのだ。その店を探すのに、千と千尋の神隠しに登場しそうな繁華街をかなりの時間うろうろしたのは笑い話である。

 彼女には悪いが、その日一日で得た一番大きな収穫は、寿町ドヤ街の理解でも、世の中の今死ぬかもしれない誰かを救いたいという思いでもない。南アジア出身のひとりの友達だ。

【日記】寿町ドヤ街(前半)

 朝7時、オープンと同時に石川町駅近くのカフェに入った。モーニングセットを注文して席に着く。スマホを見たが、やはり連絡はなかった。集合時間は8時に石川町駅南口だったが、それよりも1時間以上も早く行こうと言い出したのは彼のほうだったが。彼も自分も寝坊する可能性は十分に考えられたので、あまり気にせず文庫本を開いた。

 

 神奈川県の寿町に行かないかと彼が自分を誘ったのは、以前地元の友達で集まってご飯を食べたときだった。彼は難民問題に取り組んでいるらしい。難民問題との関係はともかく、貧困の問題に関心があるようだった。

 

 寿町は日本の3大ドヤ街と呼ばれる町のひとつである。「ドヤ」とは、簡易宿泊所のことで、100軒以上のそれらが300メートル四方の場所に軒を連ねる。寿町は、戦後すぐに進駐軍に接収され、その後接収解除されたとき無人の草原地帯として返還された土地だった。草原地帯だったのは空襲のためだ。その土地を当時の在日朝鮮人が買収、需要の高かった日雇い労働者のためにドヤ(簡易宿泊所)が短い年月のうちに建設された。

 今から10年か20年も前であれば、日雇い労働はまだ活発であり、町には人間らしい活気があったらしい。しかし、今では日雇い労働は衰退し、高齢者や身体的ないしは精神的に障害を抱える人たちが多くを占めるようになった。生活保護者は全体の8割にも及ぶという。

 

 8時前になっても彼から連絡は来なかった。カフェを出て約束の石川町駅南口に向かった。自分を寿町に誘ったのは寝坊の彼だが、寿町の案内をしてくれる診療所の先生とパイプを持ち、計画を取り持ってくれていたのは彼の友達の女子大生だ。もちろん、自分は彼女とは何の関係もない、一度電話をしてはいたが初対面である。

 一目見てすぐ分かった。南アジア国籍の彼女は控えめに言って分かりやすかった。初めましての挨拶。電話をしたときに分かってはいたが、彼女は日本人より流暢に日本語を話した。

 初めましての挨拶もそこそこに、朝ご飯を食べに近くの喫茶店に入る。さきほどまで別の喫茶店で朝ごはんを食べてました、とは言えない。まだ胃袋のキャパは十分にあったのでサンドイッチを注文。

 朝ごはんを食べながらお互いのことを聞きあったり、共通の話題である寝坊の彼について喋ったりした。

 ふとなんとも不思議な光景だなと自分を客観視した。周りからみれば、モーニングをとっている国際カップルに見えるかもしれないが、その実は30分ほど前に会ったばかりの日本人男子と南アジア出身女子である。

 素直に言えば、自分は難民問題も貧困問題もドヤ街も関心などまったくない。どれも同情しかできない。熱烈な彼の誘いに乗ったはいいが、前日まで寿町がどんな町かも知らず、今から自分が何をするのかすらよく分かっていなかった。

 そして今、目の前にはドヤ街について語る南アジア国籍の彼女。前日の昼から活動し続けている眠い頭で俺は今何をしているんだろうと思った。

 ようやく彼と連絡がとれた。

 ーー今起きた。今からここに来ようと思うと2時間かかる。すでに8時半。来た頃にはとっくにお昼。しかも、夕方から予定があるので長居はできない。

 そういう訳で彼は来ないことになった。目の前の彼女は怒っている様子だったが、自分も寝坊などよくするし彼を責める気はあまりない。だが、彼が来ないとなると、ますます自分がここにいる理由と意義が分からなくなった。

 喫茶店を出て、寿町の診療所を訪問した。診療所では老人が行列を作っていた。行列のできる法律相談所ならぬドヤ街診療所だなとくだらないことを考えた。ちなみに、診療所を訪れる多くの人は定期的に来ているらしく、その目的は診療そのものだけでなく、薬を飲んでもらうことらしい。薬をまとめて渡して正しく服用できる人は、精神的に健康な人でも少なくないが、そうでない人たちならなおさら無理だという話だ。

 診療所で自己紹介をした後、そこの先生に町案内をしてもらい、町の歴史や成り立ち、特徴などを教えてもらった。町で見かける人のほとんどは老人だった。彼らが暮らすドヤも見せてもらった。3畳のスペース。寝転がれるだけの、それがプライベート空間のすべて。一泊1700円。破格の安さである。一般の人でも泊まれるところばかりではないらしいが、自分たちも一泊することはできるらしい。どうせならここに一泊してみたら面白かったのにと思った。

 町で所狭しと軒を連ねるドヤと老人の他に見かけたものは、いくつもの居酒屋やスナック、炊き出しを行う公園、コインシャワーやコインランドリー、福祉・介護サービス施設、100円ドリンクの自動販売機に新聞を売る自動販売機などだった。寿町には近くに競馬や競艇、競輪の券の販売所があるらしく、ギャンブルにはまっている人が多いらしい。いわゆるノミ屋もあるようだ。だが、それ以上にいるのが酒や薬に溺れた人だ。ただ、寿町で依存症になったのではなく、そうなってしまった故に寿町に流れてきたという人が多いのだろう。寿町のあたりでは生活保護が受けやすく、格安で泊まれるドヤがあり、敷居の低い診療所がある。アルコールで生活が狂った人、失業した人、刑務所から出てきた人。自分と同じようになんらかの形で社会からはじきだされ、孤独を抱える人たちがいるのだから。ちなみに、寿町は駅から徒歩5分で区役所や中華街、横浜スタジアムなんかも近い。なんにせよ生活に便利な土地ではあるのだろう。

 

 想定していたより多く文字を書いてしまった。午後の話は次の記事で。

 

 

 

【感想】「運び屋」を見てきた

 映画「運び屋」を見てきた。これは簡単なあらすじ。

 アール・ストーン(クリント・イーストウッド)は金もなく、孤独な90歳の男。商売に失敗し、自宅も差し押さえられかけた時、車の運転さえすればいいという仕事を持ちかけられる。それなら簡単と引き受けたが、それが実はメキシコの麻薬カルテルの「運び屋」だということを彼は知らなかった…。(TOHOシネマズから引用)

 自分は普段からあまり熱心に映画を見るほうではない。映画や監督、役者の知識も全くない。海外の作品なら、なおさらだ。映画の感想ブログなら他にたくさんあるだろうから批評的に触れるつもりはないし、ストーリーの構造等に言及もしない。お勧めする、しないというわけでもない。自分の自己満足で、ただの日記の一環として感想を述べるだけだが勘弁してほしい。

 

 タイトルのイメージや宣伝から、90才の運び屋が、その高齢にも関わらず警察の目をかいくぐり、時にカーチェイスを繰り広げたりと、スリリングで派手な映画を想像していた。だが、そんなことはなく。

 仕事一筋で、家族をないがしろにしてきた90才のおじいちゃん。運び屋の仕事の最中、妻の命が危ないと娘からの電話。おじいちゃんは仕事ではなく、愛を選んで妻のもとへかけつける。家族の大事さを再認識する、おじいちゃん...。

 あったかさのある話だけど、なんか思ったより普通だったね。これが感想。

 

 印象的だったシーンは、おじいちゃんが組織のボスにその仕事ぶりを気に入られて、組織のパーティーに招待されるシーン。何が印象的だったかというと、おじいちゃんが普通に女としっぽりしているところ。90才でも性欲ってあるんだなと思った。尻がエロかった。

 おじいちゃんは歌を歌いながら運び屋として運転するし、パンク修理を手伝っちゃう。ハンバーガーやポークサンドを買いに、または友人の家に寄り道をする。余計なことをしないで仕事をしろと怒られるが、「人生楽しまんといかんよ、俺のように」とおじいちゃん。その物言いや生き方にユーモアやチャーミングさを感じさせ、老いは感じさせなられなかった。若いおじいちゃんっていいね。

 

 だが、おじいちゃんは90才ということもあって考えが古臭い、というか固い。インターネットはくだらないと言い、近ごろの若者は携帯無しの生活をしらんのかと言う。黒人のことをブラックではなくニグロ。

 対して警察(DEAだったかな?)は必死に「タタ(アールの運び屋としての呼び名)」を探すが、まさか90才の老人がやっているとは思わず。メキシコ系の、いかにも不法移民者っぽいのに職質をしても、白人の老人はスルー。

 偏見というか先入観というか、そういうのあるよね。

 ただ、おじいちゃんがメールのやり方を熱心に勉強しているシーンもあったし、家族の大事さうんぬんに気付くところも含めて、90才でも変われるよということかもしれない。

 

 途中でおじいちゃんのことを贔屓にしていた麻薬組織のボスが内部の人間に殺される。新ボスの意向で、おじいちゃんのやや自由奔放なやり方を認められなくなる。「命令に忠実に従え、さもなければこうだ」と、開けた車のクランクの中にはその元ボスの死体。このあたりハラハラさせられる展開。

 その場に、以前おじいちゃんに組織を辞めたほうがいいとアドバイスをされていた男がいた。自分が今思い出すのは、その男はおじいちゃんのことを受け入れつつあったけど、組織に逆らうことは勿論できずってシーン。ああ、あの男のあのシーンのセリフなんだったけな。

 

 その後、前述したとおり妻が倒れたと連絡を受け、妻のもとへ駆けつける。運び屋の仕事をすっぽかして。長い時間を経て、妻との愛を語り合う。家族はおじいちゃんを見直し受け入れてくれる。

 だが、結局、妻の葬式に出席した後、最後はおじいちゃんはDEAの捜査官に捕まる。一度その捜査官は、おじいちゃんがタタとは知らず、カフェで会っていた。「家族の記念日を忘れてしまったね...」「俺のようにはなってはいかん、家族は大事にな」とか言って。そしてパトカーでその捜査官と再度言葉を交わす。

 裁判で自ら有罪と認めたおじいちゃん。最後の「居場所が分かるだけ安心だわ」て娘(孫娘だったかも)のセリフが印象的だった。

 

 淡々とお話が進んで、見やすかった。さもそうだというかんじで、名言ぽいのが随所に出てきて分かりやすかった。ただ、大どんでん返しとか、派手さが好きだったからちょっと残念。

 ...結局批評的に書いたかもしれない。

 

 関係ないが、映画を見終わった後、数少ない大学の女の子の知り合いに会った。映画館でバイトをしていたとは知らなかった。「ひとり映画館?さみし」とか思われたかな。

【日記】本当にただの日記

 午前10時ごろに起床。前日はバイト、今日もバイト、明日もバイトの三連勤。バイトで疲れているのに、夕方からバイト、それが終わってもまだあるバイト。バイトは人を憂鬱にさせる。

 寝る前にシャワーを浴びていなかったので,起きてすぐシャワーを浴びる。シャワーを浴び終わると携帯が鳴っていた。電話が来ることなど珍しいことだ。何事かと思って画面を見ると、中の良い大学の友人からだった。単にラインでメッセージを交わすのが面倒だったのだろう。借りたい本があるので今から家に行っていいかとのことだった。バイトまで暇なので快く了解して、部屋を片付け始める。片付け終わる前に彼はやってきた。

 少し前に彼には恋人ができて激しく嫉妬していたのだが、一か月もすると別れてしまった。その彼女とは彼を通じて一度テレビ電話をしたことがあった。見た目も良く、他に問題があるようには思えなかったので、別れたことを不思議に思っていた。しかし、相も変わらず彼が童貞を貫く結果となったことを嬉しく感じたものだ。

 なぜ破局してしまったのか彼の口から詳しく聞いていなかったので根ほり葉ほり聞いてみた。彼の話をまとめるとこうだ。彼女はお家柄、芋の煮えたも御存じないようなお嬢様なところがあった。それゆえか我儘なところや傲慢なところも若干あった。彼はそのことについては許容していなくもなかったが、彼女はそれを認めない天邪鬼なところや頑固なところもあった。彼女の自分の非を認めないところ、気の利かなさなどで喧嘩になりとうとう破局。要するに彼の女を見る目がなかったということだ。

 彼は高身長で黒髪短髪の爽やかスポーツマンで、男目にも好物件である。知り合って二年になるが、その間に二度恋人を作り、共に長続きせず破局。未だ童貞という恋愛器用貧乏なやつである。

 彼とだらだらとおしゃべりをしたのち、夕方から居酒屋のバイトに出勤。一年も続けているバイトではあるが、自分でも何故一年も続けているのか分からない。好きになれないバイトである。

 今日のバイトの忙しさはいつも以上だったが、さほど仲良くもない他のバイトと中身スカスカの話で時間の空白を埋めるのもつらいので別に構わない。いつもなら。今日は他店からヘルプの女の子が一人やってきていた。高身長、少し白い肌、彫りの深い顔..かわいい。どこか欧米の血が混ざっているのは間違いなかった。店長に聞いてみるとドイツ人とのハーフだそうだ。なるほど、美人なわけだと納得すると、店長から衝撃の一言。

「まだ高1で16才だって」

 さすがは外国人の血、20才の自分とほとんど同じような年齢だと思っていた。胸だって、一つ年上の女の先輩と比べものにならないというのに。せっかくだから仲良くなれたら良かったのだが、運悪く今日は店が無駄に繁盛しやがっておしゃべりする暇が本当になかった。そうでなくっても地のコミュ力がないというのに。

「あの子、使えないね」と女の先輩はぼやいた。まだ高1で、初めてくる店でバリバリ働くのは大変に決まっていると俺は思う。あの可愛さに免じて勘弁してあげていいじゃないか。

【日記】鶴巻温泉に行きました

 寝坊をしたとき、そのことは起きたその瞬間にだいたい分かる。嫌に頭がスッキリとしているから。目覚まし時計の力を借りて無理に覚醒したときは、頭が重く、もっと寝ていたいと体が訴えてくるものだ。だから着信音で目が覚めたとき、少し冴えた頭に喝を入れたくなった。

 時間を確認するまでもなく遅刻を確信して慌ててスマホを手に取った。やっちまった。集合時間は5分前。集合時間の5分前ではない。

「ごめん!今起きた!30分待って!」

 電話越しの友達は怒っていないようで安心した。5分で顔を洗いコンタクトをつけ荷物を詰め込み家を飛び出した。 

 昨日の夜、いきなり温泉に行こうと言い出したのは彼だった。小田急線に鶴巻温泉という名前の駅があるが、彼はその温泉が前々から気になっていたらしかった。というより単に彼が温泉好きなだけだろう。バイト中にラインが来ていたのは気づいていたが、「明日神奈川に温泉に入りに行こう」とは唐突だ。

 40分も遅刻した自分に、俺が遅刻しなかったほうが奇跡だから(笑)と彼は言ってくれた。見た目もさることながら彼はかっこいい。笑って人を許せる人間には、自信とも人生の余裕とも言えるかっこよさが感じ取られる。そして、見た目もさることながら彼はかっこいい。もし仮に40分遅刻される側になったとき、人を責め立てる人間ではない自負はあるが、なおさらそのときが来たら器をでかくもとうと思わせられる。

 鶴巻温泉(駅)に到着してからそこらへんを少しぶらぶらしてみた。事前情報は全く仕入れていなかったし、散策が足りないだけかもしれないが、特に目立った旅館街や商店街はなかった。自分の地元は、有名ではないが温泉を売りとしていて、良くも悪くも古臭い旅館街がある。そういう風景をここに想定していたので少し残念だ。ピンボールが置いてある射的屋とか愛想の悪いおばあちゃんがやっている駄菓子屋とかあったら面白いのに。

 この記事を書いている今になって調べたことだが、鶴巻温泉には日帰り温泉がいくつかある。自分たちが行ったのは弘法の里湯という温泉施設だった。駅から近く、分かりやすく看板も出ていたから入ったという次第だ。

 温泉の前に天ぷらせいろそばで腹ごしらえをした。温泉にきたのだからやはり和食だ。インド・ネパール料理やベトナム料理の店も近くにあったが、温泉を楽しむ日本人としては王道はそばである。1280円は普段だったら一日の食費を軽くオーバーする値段だが、たまには贅沢してもいいだろう。

 久々の温泉は、前日までバイトを3日連続で勤めあげた体を癒してくれた。硫黄か塩素かよく分からないが、独特の匂いがするのが天然温泉らしさを感じさせる。露天風呂とサウナも十分に楽しんでから、ホカホカの体で、風呂から、いや温泉から離脱。

 腰に手を当て牛乳を飲み、100畳くらいはありそうな開放感あふれる休憩室のテレビの前であんみつを食べる。昼から温泉に入り、だらだらする背徳感はもはや幸福だね。

「意識高い系」とか「本当に意識が高い」とかさ

 万に一つもないとは思うが、もしこの記事をK君が読んだら気を悪くするだろう。ごめん。先に謝っておく。

 

 最近地元の友達数人であつまってご飯を食べた。会う頻度は年に1、2回あるかどうか。多少オシャレになっている友達もいたが、さほど見た目に大きな変化はあまり見られなかった。しかし、やはり皆もう20歳を超えて大学生活も折り返しというところ、意識の変化が垣間見えた。

 自分は今こんなことに興味がある、だからこんなことをしたいんだ。大学で学んでいることに意味はあるのか、学んだことが将来何に役立つのか。就職は東京近辺でするか、それとも地元でするのか。どういった業界や企業を目指しているのか。それとも公務員になるか。インターンにこの前行ってきた、行くつもりだ…。

 ぐずる赤ちゃんをあやすお母さんとお父さんの横の、我らのテーブルの上にはそんな若々しくも灰色の会話が乗っかっていた。

 どうでもいい。そう思った。

 自分は将来のことなどほとんど何も考えていない。せいぜい綺麗なお嫁さんをもらって明るい家庭を築くことぐらいが自分の語れる関の山だ。大学院には進むつもりではいるが。なぜかって? 周りの多くがそうだから。もしくは長く学生をやりたいから、もといまだ働きたくないから。...何か問題でも?

 もちろん自分はバリバリの理系人間で、そんな類の人間に比べれば、文系や院進学をしない者の就職うんぬんの話題がホットになる時期は早いかもしれない。しかし、なんとなく居心地が悪い。己の大学生としての姿勢を否定されている気分だ。みんな、もっと楽しいハナシをしようよ。

 友達の一人に難民問題等に関心を持っているK君というやつがいた。割とできる大学に入ってそれらしい学生団体に入り、アフリカの名のあまり知られていない国にボランティアのようなもの(ボランティアとはちょっと違うことをしてきたのは理解できたが、それを一言で表す語彙を持っていない)をしにいっていた。彼がフェイスブックでそういったことに関するイベントや事業について投稿しているのはよく見かけた。

「アフリカに行って思ったんだ」

 彼は語った。

「そこで会った多くの人がおそらく早く死ぬ。自分は生き続ける。そんな自分に、自分だからこそ、できることがなにかあるんじゃないか」

 生理的にきつい。誰もがどこかで聞いたことのありそうなセリフ。表面上は関心を示してはいたが、内心では引いた。

 かなり立派だとは思う。自分には彼がやっていることを否定する理由も権利もない。しかし、本能的に無理だ。少なくとも、「サッカーを好きな人がサッカーの試合を見に行ったりサッカー関係の仕事をするみたいに、自分が興味のあることを俺はしたいだけなんだ」という彼の言葉は詭弁だと感じずにはいられなかった。

 「意識高い系」だと揶揄するつもりはない。スタバで Mac Book 開いて Face Book で自分の経歴や活動をアピールして、「この啓発書読んでインスパイアーを受けました。TOIEC勉強しよう」とかそんな感じなのと一緒にするつもりは毛頭ない。

 でも意識がリアルに高い人の話は素直に受け入れられない。自分が刹那的に生きているからというのもある。彼の言っていることが綺麗ごとにしか感じられないからというのもある。きっと彼は心から自分のやっていることに胸を張ってやっているのだろうけど、ごめん、「すごいことやってるすごいヒトがいるなあ、オレはしないけど」が本音だ。

 その後、ルノアールでおしゃべりをしていたら小説の話になった。意識高い系よろしく言わせてもらうと、自分は一般的な大学生に比べたら割と小説は読むほうだと思う。意識高い系っぽく好きな小説や作家の話を批評を交えつつしていたところ、K君は村上春樹は読まないのかと自分に聞いた。「ノルウェイの森」なら読んだことはあった。しかし、村上作品がそう言われがちなように、自分もとっつきにくさを感じていた。彼にそのまま伝えると、彼は村上春樹の初期の作品から読むとハマると薦めてきた。

 小説に限らず、映画のシリーズものやアーティストでも、初期のほうが良かったとぼやく人はよくいるように感じる。どこかで彼らのことを懐古厨と揶揄しているのを聞いたことがある。それと似た雰囲気を聊かK君から感じ取ったが、確かに「ノルウェイの森」が特別難解なだけかもしれないと思った。

 帰りに「風の歌を聞け」をブックオフで買った。村上春樹のデビュー作だ。数日後、新幹線で移動中に暇を持て余したので読んでみた。長くない小説だ。4、5時間くらいで2度読みした。他の村上春樹の作品も読んでみよう、とは思えなかった。